旦那闘病記。その5
2時間半、車を飛ばして中核病院に着いた時、旦那はちょうど検査室に入るところだった。
意識ははっきりしてた。
「ごめんよ、遠かったのに」
「人の心配より、自分の心配してよ」
「ああ、そっか」
電話越しでない、三日ぶりの夫婦の会話はそれだけ。
ICUの一角で主治医から説明。
動脈瘤は完全に破裂はしていなかった。
場所も特定出来たけれど、かなり大きく、クローバーのような形。一部が破裂したけれど、そこはかさぶたになって、出血が止まっていること。
最初の発症から6時間以内が再破裂の可能性が最も高いけど、その時間は過ぎていること。
淡々と進む、手術の説明。
「ただし。開頭してみて、手に負えないようなら、閉じます」
その一言に、息を飲んだ。
正確に覚えていない。だがニュアンスはこのままだった。
閉じる。
閉じる、ということは。
表情をさほど変えずに淡々と説明を続けていた、主治医が言う。
開けてみないと、分からないこともあります。
予定時間よりも早い時は、覚悟も必要です。
でも手術経過は、必ずお知らせします。
時間は遅いが、会っていってもいいと言われたので、ICUの旦那を覗きに行く。
明日、手術だからね。
嫁の言葉に旦那が一言。
「ばあちゃんの初盆、行けないか…」
大人しくしとけって、ばあちゃん、あの世で言ってるんじゃない?と言うと、旦那は嫁の顔を見て、
「お前は行けよ。楽しみにしてたんだろ?」
「ん?」
「星野源のライブ」
嫁が星野源のファンで、6月のライブチケットを入手出来て何よりも楽しみにしていることを、旦那は知っていて、いってらっしゃいと、背中を押してくれていた。だからの、一言だった。
「………そうだね」
それしか、嫁は返せなかった。
そして、当たり前だが『閉じる』話は出来なかった。
その夜、嫁は何枚もの手術に関わる同意書に署名をしたあと、ICUのすぐ傍の待合室で、ベンチをベッド代わりに眠ろうとした。
眠れなかった。
明日が怖くて。
旦那のこと、病気のこと、将来のこと……。
整理が何もつけられないまま。
けれど夜明け近く、2つだけ決めた。
旦那の前では、泣かない。
ポジティブに考えることを忘れないでいよう、と。
そして、手術の朝を迎える。